夕暮れのフクロウ

──―――すべての理論は灰色で、生命は緑なす樹。ヘーゲル概念論の研究のために―――(赤尾秀一の研究ブログ)

2007-01-01から1年間の記事一覧

道、一年の回顧

道、一年の回顧 東山魁夷の「道」は、氏の多くの作品のなかでも、比較的によく知られたポピュラーなものである。一年の終末を迎えて過去を回顧する時を飾るにふさわしい絵画かも知れない。 画面の中央に向かってまっすぐに「道」が延びている。草色の早春に…

東国原英夫知事の謝罪

東国原英夫知事の謝罪 何かと話題の多い宮崎県知事の東国原英夫(そのまんま東)氏が下記の記事に示されたような発言を行い、朝日新聞社などの報道機関に取り上げられ、その結果、「東知事の徴兵制発言に抗議殺到 」して、 「宮崎県の秘書広報課にはこの日、…

山本常朝 ――『葉隠』の死生観

山本常朝 ――『葉隠』の死生観 人間は文化的な生物である。だから、その成育の環境と伝統のなかで「教育」を受けてはじめて人間になる。教育や伝統などの文化的な環境が人格形成に決定的な影響を及ぼす。人は誰でも、両親を第一として、故人であれ、また海外…

せいろん談話室への投稿②――安保さんの反民主主義論に

せいろん談話室への投稿② 「せいろん談話室」に、安保さんという方が、『00097. 日本に民主主義など相応しくない 』という記事を投稿されていました。私はこの安保氏の民主主義観にいくつかの疑問を感じたので、反論の記事を投稿したものです。以下に安保氏…

一粒万倍、一粒の麦も、死なずば

一粒万倍、一粒の麦も、死なずば 畝を作って、麦を蒔く。 スコップの手を休めて、麦畑から市街地を望む。柿もたわわに実をつけている。 ヨハネ書第12章第24節の、一粒の麦のたとえ話を思い出す。「一粒の麦の種が地に落ちて死ななければ、一粒のままである。…

「汝自身を知れ」(グノーティ・セアウトン)

「汝自身を知れ」(グノーティ・セアウトン) 年齢をとればとるほど、多くの事柄に慣れきってしまったり、細々した日常生活の必要に追われたりして、やがて新鮮な感動などほとんど覚えなくなる。その上に、温暖化だの高齢化だの対テロ特措法など、人間を悩…

聖霊とは何か

聖霊とは何か キリスト教の神は、三位一体の神として知られている。父なる神、子なるイエス・キリスト、そして、聖霊である。この三者は本質的には同じものであり、それぞれとして現象として異なっているにすぎないとされる。 父である神とは、天地万物を創…

ユダヤ人、プロテスタントそしてカトリック

ユダヤ人、プロテスタントそしてカトリック イエスはカトリック教徒ではなかった。また、必ずしもユダヤ人でもなかった。イエスはキリスト教徒そのものである。イエスはキリスト教徒の初心であり概念である。 それではカトリックでもないプロテスタントは、…

戦後民主主義の人間群像

協栄ジム、亀田家処分を発表…興毅は「反則指示」認め謝罪(読売新聞) - goo ニュース 戦後民主主義の人間群像 少し前に、亀田一家兄弟がボクシング界に華々しくデビューしたとき、この一家と兄弟に戦後民主主義の新しい日本人像の典型を見るような気がして、…

沖縄県民の民主主義

沖縄県民の民主主義 先の「集団自決」に関する教科書書き換え問題で、沖縄県の一部の人たちは、多数を動員することによって、政治家や歴史家へ圧力をかけられると考えているようだ。教科書の内容の書き換えを、自分たちの要求する方向に変えるために、明らか…

灰谷橋

灰谷橋 文化の日。晴天の秋空が広がっている。携帯電話の新しい機種が入荷したという連絡があり、それを受け取りに行った帰途、時間にも余裕があったので少し遠出してみることにする。 テレビ報道によると、福田首相と民主党の小沢代表が密室で党首会談を行…

沖縄問題と新日本国軍

沖縄問題と新日本国軍 先の記事で、pfaelzerweinさんより、以下のようなコメントをいただきました。昨日はブログを覗かなかったせいもあり、返事が遅れました。また、雑用で十分な時間がとれなかったこともあり、正確な必要十分な応答になっているかわかりま…

旧日本国軍の総括

旧日本国軍の総括 去る九月二十九日に沖縄で十万人の県民が集まって、旧日本軍の強制による集団自決についての教科書の記述変更に反対する集会があったそうである。 当時の戦争に巻き込まれた沖縄の人々が、教科書においては「日本軍の命令によって強制的に…

民主主義の概念(2)  兵役の義務

民主主義の概念(2) 兵役の義務 少し以前に、pfaelzerweinさんが、ドイツやスイスでの国民の兵役の義務についてのブログ記事、兵役任意制度の存続論 を載せられていたのに関連して、あらためて、民主主義国家における国民の兵役の義務について考えてみたいと…

『私は貝になりたい』

『私は貝になりたい』 先日の23日の夜に、おそい晩食をとりながら何気なくチャンネルを回すと、俳優の中村獅童氏が旧日本軍の陸軍兵士の姿で演じていました。はじめは、それがどういうドラマであるのよくわかりませんでしたが、見ているうちに、このドラマ…

法律家と精神分析家の貧しい哲学―――光市母子殺害事件

差し戻し審で「責任問えぬ」(中国新聞) - goo ニュース 法律家と精神分析家の貧しい哲学―――光市母子殺害事件 弁護士や裁判官、また心理学者、精神分析学者たちの裁判に関する最近の法曹関係者の言動やまた判決などを読んでいると、どうも首を傾げざるを得な…

ジーコとオシム

ジーコとオシム 昨年のワールド・カップでジーコ監督に率いられた日本サッカーが対オーストラリア戦で惨めな敗北を喫してから一年が経過した。 日本サッカー、対オーストラリア初戦敗退が示すもの その後日本サッカーの監督は、ジーコからオシムに交代した。…

北朝鮮とアメリカの猿芝居

北朝鮮の弾道ミサイル…政府、米朝双方の動きを注視(読売新聞) - goo ニュース 北朝鮮とアメリカの猿芝居 アメリカが「悪の枢軸」とまで明確に規定した北朝鮮の悪行について、その国家的な貨幣偽造、麻薬売買、大量破壊兵器の密輸などのあれほど悪行について…

日々の聖書(15)――神の裁き

日々の聖書(15)――神の裁き 猟師が籠を小鳥で満たすように、彼らは家を偽りで満たしている。そうして、彼らは強大になり、金を蓄える。彼らはますます太り、脂ぎっている。こんな悪人どもの行いを、私は見過ごすことができるか。 孤児の訴えも取り上げず、そ…

教育の再生、国家の再生

教育の再生、国家の再生 今の安倍内閣においても、教育改革は内閣の最重要課題に位置づけられている。それは現在の安倍内閣ばかりではなく、歴代の内閣においても教育の問題は最重施策として取り上げられてきた。前の小泉首相は、郵政改革で頭がいっぱいだっ…

「議論となる要点」について、 pfaelzerweinさんへ。

「議論となる要点」について、 pfaelzerweinさんへ。 pfaelzerweinさん、コメントありがとうございました。 先日の私の「ドイツ文化と日本文化」の小論が、趣旨の不明確な取り留めのない駄文であったために、テーマの整理に余計な苦労をおかけしたかもしれま…

ドイツ文化と日本文化

ここしばらく、個別・特殊・普遍の論理を事物の発展の中に検証しているが、特に人類の精神の発展について考察しているときにやはり興味がもたれるのは、人種や民族のそれぞれの精神の特殊性についてである。民族の精神をもっとも個性的に発展させているのは…

個別・特殊・普遍の論理⑥  心と身体

個別・特殊・普遍の論理⑥ 心と身体 概念論の研究 心と身体は、切り離されて存在するのではない。身体なくして心はなく、また、心なくして身体は身体であることができない。そして、身体の成長に応じて心も成長してゆく。個人の心と身体は生涯を通じて変化し…

個別・特殊・普遍の論理⑤  心と身体

個別・特殊・普遍の論理⑤ 心と身体 概念論の研究 これらの概念としての精神、普遍的な精神は、さまざまな人種の精神として特殊化されてゆく。アフリカ大陸や赤道直下という地理的な気候的な制約を受けて、アフリカ人種には、無邪気な快活性と同時に激しい興…

個別・特殊・普遍の論理④  心と身体

個別・特殊・普遍の論理④ 心と身体 概念論の研究 これまでヘーゲル哲学の発展の論理は、正(テーゼ)――反(アンチテーゼ)――合(ジンテーゼ)の側面からのみ捉えられるのが一般的で、個別――特殊――普遍の視点から捉えられることはほとんどなかった。そのことも、ヘ…

熊本市長の『赤ちゃんポスト』再論

熊本市長の『赤ちゃんポスト』再論 このような虚しいテーマに時間を使いたくないが、日本の民主主義や国家としての弱点も不完全性をも証明している面もあり、もう少し論じておこうと思う。 熊本市の幸山政史市長が、慈恵病院の『赤ちゃんポスト』を認可する…

個別・特殊・普遍の論理③

個別・特殊・普遍の論理③ 概念論の研究 この個別と特殊と普遍の論理は、すべての事物の根本的な原理でもあるから、当然に思想や精神の原理でもある。精神においては、その普遍の契機として、モメントとしては絶対的な精神が、天地の創造者として、父なる神と…

個別・特殊・普遍の論理②

概念論の研究 個別・特殊・普遍の論理② また、ヘーゲルは国家もまた次の三つの推理からなる体系であるとして説明している。国家という概念もまた概念としての三つの契機から、すなわち個別性、特殊性、普遍性からなる。 まず、普遍者としての政府、法律、官…

個別・特殊・普遍の論理①

概念論の研究 個別・特殊・普遍の論理① ヘーゲルの概念論については、日本においてはもちろん、あるいは世界においてもほとんど研究されていないといってよいのではないだろうか。おそらくこの日本においても、ヘーゲルの概念論について研究しようと志すよう…

日本人はすでに究極の自由主義を実現したか

以前に私のブログに書いた『公明党の民主主義』という記事にコメントをいただきました。そこでは日本の自由と民主主義のかかえる弱点を論じようとしたものですが、それに対して、あきとしさんという方から、日本ではすでに信教の自由をふくめて究極の自由を…